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技能五輪長野県地方大会
長野大会まであと1年をきり、既に出場選手を選抜する技能五輪長野県地方大会(予選会)がはじまっています。
技能五輪長野県地方大会は、国家検定である技能検定と同時に開催。この中で優秀な成績を修めた者が推薦され、晴れて技能五輪全国大会へと出場する権利を得ることになります。すでに「冷凍空調技術」「建築大工」「機械CAD」「時計修理」の予選会が行われており、その他の職種でも順次行われる技能検定・前期日程他各種コンクールなどにエントリーすることで選抜され、10月の長野大会へと出場する選手が決定していくのです。
今回は、技能五輪全国大会への予選も兼ねた技能検定「時計修理職種」の模様と、技能五輪育成選手であるセイコーエプソン塩尻事業所の西中卓也さん、中野祐希さんにお話を訊きました。新年の空気も落ち着きをみせてきた1月下旬、セイコーエプソン本社食堂にて行われた技能検定1級~3級の実技試験会場を訪れました。
今回の技能検定には、1級 26名、2級 54名、3級 1名の全81名が参加した。2級は3時間でクオーツ式腕時計を、1級は機械式腕時計とクオーツ式腕時計を4時間30分で部品交換・調整・オーバーホールを行うというもの。検定の審査委員、補佐員には技能五輪国際大会金メダリストを含む錚々たるメンバーが当たっていた。
早朝9時。白衣を纏った受験生が一堂に会した会場には、試験開始前の張りつめた空気がたちこめていた。受験者は、時計メーカー勤務者、時計店勤務者、時計専門学校生徒からなる所属も年齢も異なる時計技術者全81名。このうち10名が技能五輪長野県地方大会にエントリーし、技能検定2級・実技試験に臨んだ。
技能検定2級の実技課題は、予め部品交換が設定されたクオーツ式腕時計の部品交換と調整・時計全体のオーバーホールを3時間で行うというものだ。しかし、技能五輪育成選手にとっては今回の課題を終えることはさほど難しくはない。というのも、技能五輪の「時計修理職種」の競技課題は、クオーツ式腕時計に加えて機械式腕時計をも扱う難易度の高いものであり、普段の練習では技能検定1級相当の訓練を積んでいるからである。それだけに、この地方予選で彼らに求められたのは、「スピード」と「精度」。いかに無駄のない動作で訓練通りの作業を行い、いち早く競技を終えられるかが課題であった。セイコーエプソンの二人が「技能五輪の地方予選を通るための第一条件」として告げられていたのが「満点での合格」だ。「誰よりも高いレベルでこの地方予選を通過することができなければ、全国では到底太刀打ちすることなどできない。」日々の訓練の成果を発揮すべく、一分一秒を惜しむように課題に臨み、スピードと精度を追い求める。鍛え上げられた選手たちの姿は気迫に満ち、彼らの使命を帯びた「いま ここに懸ける強い気持ち」が伝わってきた。
二人とも「まさか自分が技能五輪育成選手に選ばれるとは思わなかった。」と、驚く気持ちが強かったが「ものを形にすることが好き、とにかくやってみよう」そんな想いから始まった時計修理との出会いだったそう。
技能五輪育成選手としてこの地方予選に出場したセイコーエプソン塩尻事業所の西中卓也さん(入社3年目)、中野祐希さん(入社2年目)。ともに入社2年目になった時、「24年ぶりに長野大会で時計修理職種が復活する」との号令とともに、技能五輪「時計修理職種」育成選手としての道が拓かれた。始めた当初は、ミリ単位の細かな部品の取扱いに四苦八苦し、難しさを感じることもあったが、訓練を積むにつれて時計修理の楽しさに目覚め、今は、自分の手でひとつの時計を組みあげることができる楽しさ、そのつくりあげた時計が時を刻む瞬間に喜びを感じているそうだ。
日々の訓練は自身で構成したメニューで行っている。オーバーホール(時計を分解し、清掃した上で再度組み立て、正常な状態に復帰させる作業)と模擬試験を繰り返し行って今の自分の状態を確認し調整していく。微細な変化にも気づくことができる感覚と、正確な動作を身体に叩き込み精度をあげていくための訓練が続いている。
技能五輪国際大会で1977年以降 5回連続で金メダリストを輩出したセイコーエプソン。その伝統の重みは計り知れない。それだけに、二人には「全国大会では、絶対にメダルを獲らなければならない」という気持ちが強くあるそうだ。今回の地方予選を終えて、本番で訓練通りの力を発揮し、精神面で余裕を持って取り組む難しさを改めて感じた。基本を反復し、今回掴んだ「感触」を自分自身の「感覚」に置き換えていくことが今後の課題だ。
インタビューの最後に、二人に技能五輪への挑戦はご自身にとってどんな意味があるのかを訊いた。
西中さん「自分が成長する上でとても大切なものでもあるし、越えなければいけないひとつの壁だと思っています。今が時計づくりの世界のスタート。「時計修理」を越えてやっとスタート地点に立てる気がしています。」中野さん「技能五輪は、自分の持っている力を試す挑戦の場。今まで培ったものをどれだけ発揮していけるか、自分自身を知るための場所だと思う。そして技能五輪が終わったとしても今後も時計を追求していきたい。」お互いに対しては、「最大のライバル。絶対に負けたくない!」ともに切磋琢磨しながら技能五輪全国大会でのたったひとつの金メダルを目指して挑み続ける。
1977年オランダ大会・金メダリストの竹岡一男さん(左)と、1979年アイルランド大会・金メダリストの塩原研冶さん(右)。国際大会に向けての訓練では、「茶道」を習ったこともあるそうだ。作法を習得していく過程で精神面が研ぎ澄まされる。
時計修理技能検定はセイコーエプソン、シチズン平和時計の協力のもと毎年開催されている。技能五輪において24年ぶりに時計修理職種が復活した背景にもこの両社がいる。「この時代が最後の時代。技術を知り、伝える人がいなくなってしまったら技能は永久に途絶えてしまう-」将来を危惧する切実な想いと、時計技能継承への情熱が「同じ時計産業に属するもの」として両社を突き動かしている。その表れといえるように、今回、時計修理技能検定には過去最高数の受験者が参加した。
シチズン平和時計の佐々木和人さんは、「社内的にも技能に対してもっと目を向けていこうという風に変わってきていますし、何より個人の意識の高まりを感じます。」「時計をやっている以上はみんなといっしょになりたい。みつけたい。」技能検定をとって初めて一人前として認められるし、何より時計を生業とする企業で働いている以上は自らも基礎技能を得ていくべきではないかという想いから、設計部門や管理部門、開発部長や役員自ら受験する姿もみられるのだそうだ。
1979年アイルランド大会・金メダリストでもあるセイコーエプソン塩原研冶さんは言う。「自分のやってきた開発の基礎は、すべて訓練をする4年間でつくられました。あの4年間が、今の自分の土台に完全になってしまった-」ほとんど全ての部品を手作りで削って作り上げるという製品開発の土台。そして、まだ無理のきく若い時期、短期間に集中的に技能を叩き込んだ時間は、自身の人間形成の場になり、今に生きているのだそうだ。
1977年オランダ大会・金メダリスト。現在、技能五輪育成選手の養成に携わるセイコーエプソンの竹岡一男さんは、「技能の向上というのはひとつの側面。それらは技能のみならず精神力・人間性をも向上させ、その後の人生を形づくっていくものです。」
そうして、その過程を支えてくれる上司、会社、家族、仕事そのものにも感謝の気持ちが自然と芽生えていく。働く上、生きていく上でいちばん大切なことを学ぶことのできる時間がそこにはあるのだろう。
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24年ぶりにデモンストレーション職種として復活する時計修理職種。そのプレ大会として昨年11月「第24回 時計競技全国大会」が長野県で行われました。次回のワザキャンでは、その大会の取材を通して、さらに深く時計修理職種の内容に触れていきたいと思います。