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広瀬毅建築設計室
古後理栄
最近の新聞やテレビでしばしば目にする「bonnecura(ボンクラ)」という集団を知っていますか?
彼ら「bonnecura(ボンクラ)」は、街づくりをテーマに建築家や編集者、デザイナーたち7人が創ったユニットなのです。
その中の一人が一級建築士の古後理栄さん。
福岡出身の彼女が、善光寺の門前町について目を輝かせながら語る姿がとても魅力的です。
改修工事中の建物内部。改修前は農業用ビニールシートを製造する機械が所狭しと並んでいた
2009年の暮れ迫る月に開催された「bonnecura(ボンクラ)」のオープニングイベントにWAZACAN編集部も出席しました。
彼らの仕事始めは、見捨てられそうであった善光寺門前の古い蔵(※)を自分たちのオフィスに再生すること。
再生された古蔵を見学させてもらいましたが、大きくて、どっしりしていて、歴史が感じられて、 使えば使うほどに感情を共有できそうな空間でした。
愛着、という言葉はきっとこういう所から生まれるのでしょう。
古後さんはこの蔵の中にオフィスを移した「広瀬毅建築設計室」の一員。つい最近まで農業用ビニール袋の製造工場で、使い手がいなくなってしまった蔵をこつこつ片づけ、磨き、修理してきたメンバーです。
彼ら「bonnecura(ボンクラ)」のすごいところは、純粋に楽しみながら掃除や修繕などの作業を続けられるところ。
12月の寒風の下、スキーウエアで着膨れしながら濡れ雑巾で木の床を磨いて、「わわ、木目が出てきた!きれい!」と騒げるボンクラメンバーは雪の中で遊んでいる子どものようでした。
※蔵3棟とそれを繋げる形で建てられた平屋で構成された大きな建造物
再生した蔵に引っ越したオフィスで設計する。冬はやや寒い
福岡出身の古後さんは地元の福岡大学にて建築設計を学び、千葉大学大学院自然科学研究科にて建築設計のプロセスを研究し、卒業後は東京のインテリアデザインの会社へ就職。
当時は東京都港区の汐留の開発が盛んだったため、大手企業の新しいオフィスも建設ラッシュ。古後さんもビル全部のインテリアを担当するといった大きな内装設計に切磋琢磨の日々を重ねます。
クライアントの会社分析から始めて、各部署間の緊密度、社員の動線、色のイメージなど。机の位置ひとつ、電球のデザインひとつ取っても全て古後さんの提案案件となります。そこに何かしらの付加価値をつけていく作業の集合体がインテリアデザインという仕事であり、古後さんの作品です。
インテリアデザイン会社に3年間勤め、大学院時代に出会った夫との結婚を機に長野へ。このまま建築業界から距離をおくようになるのかなと自問自答しているころに、現在の所属先である広瀬毅建築設計室の広瀬さんと出会い、就職。
建築士の仕事とは大まかに意匠、構造、設備の三分野に分けることができます。超高層ビルや空港など大規模な建築を手がける大手ゼネコンの建築士から、ひとつの分野に特化して、構造や設備のみを専門としている個人建築士など、建築士のスタイルは様々で仕事内容も多岐にわたる広範囲なもの。深い専門性を持った技術者と、「使われること」を前提に個性や考え方を表現するデザイナーの二面性を併せ持つことが建築士の特徴なのです。
そうした仕事範囲のなかで、木造二階建て程度の住宅設計は意匠や構造、設備を1人の建築士が把握しうる建物ともいえます。東京時代ではショップや企業の内装設計が多かった古後さんが、この職場で個人住宅を作る楽しさやその意義に出会いました。
個人住宅の仕事を進めていくなかで、「文化に貢献することができる建築士に自分はなりたいのではないか」という思いが強くなってきたと古後さんはいいます。
長い間使い込まれ、よく手入れがされた建物には人々の歴史や愛着が刻み込まれる。たとえ持主が変わっても使い続けて行きたいと思ってもらえる住宅を作って行きたい。 それが今の古後さんの目標です。
その目標のために、「住宅に特化した建築士を目指そう」と古後さんは歩を進め始めています。
上/古後さんの設計した家のモデル 下/「bonnecura(ボンクラ)」が再生した古蔵
長野で見つけたものは個人住宅設計の面白さと、歴史を持つ建物や街並みの存在でした。蔵を再生した新オフィスも善光寺の門前にあって、散歩するだけで建物や街並みに目を奪われることも。
「木は木らしく。石は石らしく。素材の良さを活かした住まいは、年月を重ね、大切に使うことでより美しくなり愛着がわくんだと思います」
理想の家を尋ねたら、そう答えた古後さん。
「善光寺の門前町も例外ではありませんが、かつての街並みはいたる所で壊されています。でも、年月を重ねて使われ続けた建物を好む人もいます」
今まであまり顧みられなかった物件を有効に利用することはまだまだ可能ではないか。人が大切に使うことで、建物は生き続けることができる。
「まだまだ壊すのはもったいない。使い手を待っている建物がたくさんあると思います」。古後さんはそう考えています。
「bonnecura(ボンクラ)」の仕事始めだった古蔵の再生もその一環。
それは需要と供給の新しい流れを作ることですね、と感嘆すると「そうです。古いものをすぐ壊してしまう体制への挑戦です」と力強く答えてくれました。
年月を重ね、大切に使うことで、より美しくなり愛着がわく。建物はそういう力を持っている。自分が家一軒を設計させてもらえたとしたら、その家の十年後、二十年後、三十年後を早く見てみたい。
設計においても、生き方についても、「ていねいに暮らすこと」を自分のテーマにしたいと話す古後さん。きっと、これからの長野の街並みに自分の暮らしや仕事をていねいに重ねていくのでしょう。
上/実家の荒物雑貨屋をイタリアンに再生してオープンしたこまつや 下/古い蔵を住居兼カフェに改造したMAZEKOZE
そして、方向は若干違えど、古後さんが所属する「bonnecura(ボンクラ)」 のように自分たちの考えることを形にしていく人たちが、ここ数年、特に善光寺門前町界隈での存在感をいよいよ増してきているように感じます。
「長野・門前暮らしのすすめ」というプロジェクトを立ち上げたナノグラフィカの人々、実家の荒物雑貨屋をちょっとわくわくするイタリアンに修繕して開店したこまつやの人々、古い蔵を住居兼カフェに改造したMAZEKOZEの人々。
そして、「bonnecura(ボンクラ)」の人々。
「自分たちが良いと思えることを形にしていく」30代の人たちが、今の長野市内で本当に形にし始めたのかもしれません。
「つながるために」つながるのではなく、 「自分のやりたいこと」を模索していたら、同じような知人が増えてきた。 そんな自然発生的な流れを古後さんたち「bonnecura(ボンクラ)」の自然体な振る舞いから思えたのです。
大人になるのは悪いことばかりじゃない。
そんな風に思えた善光寺門前での取材でした。
※bonnecura(ボンクラ)
http://bonnecura.naganoblog.jp/
※長野・門前暮らしのすすめ
http://monzen-nagano.net/
※こまつや
http://www.komatu-ya.com/
※MAZEKOZE
http://rikimaze.exblog.jp/
| 社名 | 広瀬毅建築設計室 |
|---|---|
| 代表 | 代表取締役 広瀬毅 |
| 設立 | 1998年 |
| 事業内容 | 建築設計 |
| 従業員 | 3名 |
| 住所 | 長野県長野市東町207-1KANEMATSU |
| TEL | 026-234-1430 |
| FAX | 026-234-1432 |
| URL | http://www.hirose-aa.com/ |