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匠に聞く

今井染物店
今井正躬

創意工夫がなければ、人も技術も前にすすめない

真田十万石の城下-松代。城下町らしく入り組んだ小路に面して一軒の染物店がある。すぐ西隣が紺屋町で、江戸時代は紺屋(染物屋)職人であふれていたであろう界隈だが、この店は昭和に入ってからの創業だ。お父さんである先代とともに、その仕事を高く評価されてきた今井染物店二代目当主の今井正躬さんにお話をお伺いした。


「味わい」を生む技術

染める前に蝋の細かい粒を落としていく。集中力が必要で、とても根気のいる仕事だ。
(下)この作業を何回も繰り返すと深く味わいのある地の模様が出来上がる。

「さあどうぞ」と気軽に案内された仕事場は約15mもあろうかという細長い部屋だった。 「これから作業するけれど話しながらでもいいですよ」と言いながらどっかりと座ったのは赤いビールケースをひっくり返した上に座布団を乗せただけという自前の椅子だ。 棚にはお孫さんの写真やミッキーマウスの置時計が置かれてあり、今井さんの気さくな笑顔もあいまって仕事場は全く気取りのない明るい雰囲気に包まれている。

もっとも実際に仕事が始まると、そうそう言われたとおりに声がかけられるというものではない。“この道50年超”のオーラが、見ている私たちに強く届いてくるからだ。 刷毛を持つ今井さんの表情はにわかに引き締まり動作に緊張感がみなぎってくる。今いる空間が、絹と刷毛がこすれ合うかすかでリズミカルな音で占められていく。

見せていただいた仕事の中で、特に興味深かったのは蝋の粒を布の上に落としていく作業だ。網状の道具に小型の木材を軽く打ち当てながら、布の上に細かい蝋の粒を慎重に振るい落としていく。「他人の真似ばかりしたくないから」と自ら考え出した技法のひとつである。こういったオリジナリティの発揮こそが今井さんの真骨頂と言えるだろう。
大変な根気と集中力を必要とするこの工程を経て出来上がった着物は、後で見せていただくと、なるほどちょっと言葉では表現できない味わいのあるものだった。
高められた技能の結果とはこういうものなのだろう。ほんのわずかの差を生みだすためのたゆまぬ修練と妥協をゆるさない仕事。そうして生まれた「わずかな違い」は、簡単には埋められない「大きな差」でもあるのだ。


27歳までに何をするか

単純に見える刷毛の使い方ひとつに、考えられた今井さんの工夫が詰まっている。
(下)表現によって様々な刷毛が使い分けられる。ただ染物に使う道具の種類自体はさほど多くない。

自然体で仕事に向かう今井さんは「まあ、大人の塗り絵みたいなものですね。だれでもできますよ」と終始気取らない言葉をかけてくる。もちろんその言葉を額面通り受け取るわけにはいかない。なんといっても若いころから繊維工業試験所の賞を度々受賞するなどで認められ、昨年は「信州の名工」を受賞された達人だ。

絹織物の染色といえば、京友禅を頂点とした押しも押されぬ日本の伝統工芸の代表格だろう。この世界で長年修練を積んだ職人というと、ストイックな求道者を連想してしまいがちだが、今井さんから受けるイメージはむしろ自由奔放でチャレンジングなクラフトマンシップだ。伝統に裏打ちをされた技術を必要以上に奉ったり、過大に誇示したりする言葉は全く出てこない。

伝えられてきた技能やセオリーと自分のオリジナリティをどう調和させるかは、あらゆるジャンルの技能者が思い悩むところだろう。この点について今井さんは、はっきりと、若いうちに思い切って自分のアイデアを試してみることをすすめている。
「若いうちは、皆と違うもの、ちょっと変わったものを作ってみようと言う気持ちが必要ですよ。そしてそれを実行してみてほしい」「何とか自分を目立たせようという気持ちは大切」と強調する。
今井さんは25歳頃から、習った腕に磨きをかける一方で自分なりの工夫を機会あるごとに試し、仕事に生かしてきた。そういったご自身の経験を踏まえ、「27歳ぐらいまでにいろいろなことにチャレンジしてほしい」と、これが持論。だれでも歳とともにそれができなくなるからだ。


「職人」の接客

手塩にかけた「作品」は手元に残らない。わずかに今は亡き奥様のために作ったものが残されているのみだ。
(下)染め直された昔の着物。柄に制約があるだけに一筋縄ではいかない仕事だ。

飾って鑑賞するという事を前提としない着物という「作品」は、誰かが身につけて初めて成立し目にすることもできる。この事は染物職人にとって重要な意味を持つ。

この仕事の難しさは言うまでもなく「色」を扱う事にある。
仕上がりのイメージにぴったりと合致した色を作り出すことは並大抵ではない。「一つの色を作り出すのに1週間かかることもありますね」「特に何回か重ねて染める場合、最終的に狙った色に仕上げるのは今でも本当に難しい」と今井さんは言う。そういった「染め」の難しさをさらに上流にたどっていくと、そもそも仕上がりのイメージとは何か、というテーマにたどりつく。

色はイメージしたりそれを他人に伝えたりすることが非常に難しい要素で、見本帳などでは微妙な感覚が伝わらない。「お客様によって好みや感じ方が違うから、その微妙な違いをどう感じ取れるかが最初の難関です」という。
だから今井さんの場合、職人でありながら手がける仕事のほとんどはお客様から直に話を聞いている。問屋さんや呉服屋さんを経由するやり方では本当に喜ばれる仕事をするのは無理なのだ。気に入ってもらえなければ着てもらえず、「作品」は成立しない。

「職人」「伝統的技能」というと手元の技術習熟に専念するといったイメージを持つが、ここではそれと同じくらいお客様と「色の感覚」を共有することが大切にされている。つまりお客様をおもてなししながらじっくりと話を聞くのだ。
この店には先代からの長い付き合いのお客様がたくさんいて、こういった面ではいわゆる「お客様に育てられる」ということも多いのだという。


お母さんの着物を染め直す

仕事場には、両側を引っ張られた反物が何反も吊られている。進行状況によって工程をずらしながら同時に作業が進められていく。

着物の需要は残念ながら現在減少の一途をたどっている。そんな中で今、何十年も前の着物を「染め直して着られるようにしてほしい」という要望が増えているという。今井さんのもとにもそういった着物が多く持ち込まれており、「この着物をどう染め直したら、現代の街に合うか」と、知恵を絞る毎日だ。
お母さんの着物を娘さんが着る、この素晴らしい習慣が途絶えないことを祈るばかりだが、それにはどうしても染物屋さんの力が必要だ。今井さんの、こだわりのない前向きな考え方が後進の若者に届き、着物の文化が復活する日が来ることを願いたい。


染色の仕事とは?

反物を染料で染め上げる仕事。
着物の需要が多かった昔は、細かく分業され、それぞれの行程で専門の職人さんがいたが、今井さんの場合はデザインをおこし、柄も含めて描き上げ、さらに染料を定着させるために蒸し器で蒸すまでの行程を一貫して一人で行っている。染料を混ぜたり重ねたりして狙った色を作り出すのも大切な仕事だ。デザインは、仕立て上がった時にどの柄がどの部分にくるかを計算しておこす必要がある。
色も柄もお客様の好みに合わせるほか、その時々の流行なども勘案するので、最新の着物を常にチェックするとかの勉強も大切になる。


社名 有限会社今井染物店
代表者 今井 正躬
設立 1940年(昭和15年)
事業内容 染物
従業員 1名
住所 〒381-1231  長野県長野市松代町松代1308-9
TEL 026-278-2427